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フランクリン自伝の感想 十三徳樹立・富に至る道

ベンジャミン・フランクリンの自伝です。

十三徳樹立・富に至る道で有名な自伝でもあります。

十三徳樹立は生活習慣において「すべき事」「すべきでない事」を列挙して、それをいかにして実践に移すかを述べています。

富に至る道は、人生で成功・裕福になるための心得を述べています。

今日、数多(あまた)に出版されている自己啓発本の元祖とも言われる。

全体としては以下のような構成となります。

  目次
第一章 少年時代
第二章 フィラデルフィアに入る
第三章 ロンドンの1年半
第四章 印刷屋を開業す
第五章 勤倹力行時代
第六章 十三徳樹立
第七章 成功の道を歩む
第八章 社会的活動(一)
第九章 社会的活動(二)
第十章 軍事に活躍す(一)
第十一章 軍事に活躍す(二)
第十二章 州民を代表して再び英国へ
付録 富に至る道

1章~5章までが貧しい少年時代から印刷業で成功するまで、6章は習慣(徳)について、7章~12章は社会的・政治的な活動についてです。

付録は裕福になるためには、どうすべきを説いた富に至る道になります。

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フランクリン自伝の感想

フランクリン自伝の文章はかなり読み易いです。

出来事や考えた事を訥々と述べていく文体です、次々と読み進める事が出来ます。

第一章~第五章、印刷業で成功するまで

個人的には、この少年時代から印刷業で成功するまでの章が最も読書的な意味合いでは面白かったです。

この五章までは、

10歳の頃に、父親に蠟燭と石鹸の製造の家業をやるように言われて、嫌で嫌で仕方なかった事。

兄の印刷屋で年季奉公を始め、印刷の仕事は気に入るが、兄と不仲になり逃げ出した事。

初めて訪れたフィラデルフィアの街の様子、その後渡英したロンドンで印刷業の腕を磨き自信を深めた事。

再びアメリカに戻り念願の印刷屋を開業し、同業者達とのシェア争いの事。

などが当時の独立前のアメリカの様子と共に生き生きと描かれています。

第六章、十三徳樹立

人間は過ちを犯します。フランクリン自身も度々過ちを犯す自分自身を何とかしたいと強く考えていたようです。

そこで私はとうとう次のような結論に達した。

完全に道徳を守ることは、同時に自分の利益でもあるというような、単に理論上の信念だけでは過失を防ぐことはとうていできない

確実に、不変に、つねに正道を踏んで違わぬという自信を少しでもうるためには、まずそれに反する習慣を打破し、良い習慣を作ってこれをしっかり身につけねばならないというのである。

で私は、この目的のために次のような方法を考え出した。

悪い習慣を辞め、良い習慣を取り入れる。つまり習慣の入れ替えです。

この習慣を入れ替えるための作業をフランクリンは地道に取り組んだとようです。

具体的な方法としては「悪い習慣(徳)」「良い習慣(徳)」の項目を羅列して、項目の優先度を決め、優先度の高い項目から取り組みます。

全ての項目に一斉に取り組むのではなく、優先度が高く又自分にとって効果の高い項目を1個から取り組み、

私はこれらの徳がみな習慣になるようにしたいと思ったので、同時に全部を狙って注意を散漫にさせるようなことはしないで、

一定の期間どれか一つに注意を集中させ、その徳が修得できたら、その時初めて他の徳に移り、

こうして十三の徳を次々に身に着けるようにして行ったほうが良いと考えた。

✖ 並列(課題を横に並べて、注意散漫になる)

〇 直列(課題を優先度順に縦に並べて1個ずつ)

その1個が習慣として根付いたら、次の項目に移るといった具合です。

そして、この項目が13個だったので十三徳樹立のタイトルになります。

但し、注意すべきはこの十三徳の項目の中味はフランクリンにとっての13個の項目です。

そこで私は、当時自分にとって必要であり、また望ましくも思われたすべての徳を十三の名称に含めてしまい、その各々に短い戒律を付けた

なので、もしこの習慣の入れ替えをあなたが行いたい場合はあなたにとっての課題である悪い習慣と良い習慣になります。

せっかくなので、いくつかフランクリンの十三徳を紹介すると、以下のような内容です。

第一 節制 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。

第二 沈黙 自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。

第三 規律 物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。

第四 決断 なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。

第十一 平静 小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。

結果から言えば、フランクリンは十三徳を完全に身に付けたわけではないと、自身で書いてます。

それでも習字の手本を習う者が、完全に手本の域を修得することが出来なくても、何もしていない者より理想に近づいた形になるのと同じように

人生の進捗に役立つであろうという事です。

第七章 成功の道を歩む

この章から当時の社会状況へのフランクリンの活動が増えていきます。

「貧しいリチャードの暦」を発行した事。

会計の知識と信用が事業には重要であると考えた事。語学教育はラテン語から始めるべきではないと考えた事。

兄と和解した事及び天然痘により息子が死亡した事。

州会書記に選ばれた事及び夜警の仕組みの改善について、火事の原因について論文を書き、消火活動のためのユニオン消防組合の立ち上げをした事。

第八章 社会的活動(一)

抜擢した職人と契約して各地に印刷所を開かせ成功し、「初めの百ポンドさえ溜めてしまえば、次の百ポンドはひとりでに溜る」つまり、お金がお金を産むことを実感した事。但し、揉め事が無いよう細部まで契約書にて明瞭に取り決めておくべき事。

大学と義勇軍(ジェンキンズの耳の戦争の影響)の設立を働きかけた事。クエーカー教徒と政治について考察した事。

オーブン・ストーヴ(フランクリンストーブ)を発明した事。

第九章 社会的活動(二)

大学の設立と拡充に努めた事(後のペンシルベニア大学)。印刷所の仕事は他の人に任せ、公務が増えた事。

電気に関する実験を進めた事。

病院の建設に助力した事。礼拝堂建設の為に活動している者に、寄付金の集め方のコツを伝えた事。

道路の舗装及び清掃に取り組んだ事。

第十章 軍事に活躍す(一)

フランスとの戦争に備えて植民地が連合する案を起草した事。州会での政争及びイギリス本国と知事の関係について。

イギリス本国から派遣された軍隊の車馬補給を募った事(フレンチ・インディアン戦争)。

ブラドック将軍率いるイギリス軍がフランス及びインディアンの軍に敗れた事(モノンガヘラの戦い)。イギリス軍の敗北後の行動に失望した事。

多くの車馬が失われたので持主達が私に押しかけてきた事。

第十一章 軍事に活躍す(二)

防衛費の法案を巡る領主、知事、州会の攻防について。軍務を引き受けて、要塞を築く仕事を行った事。

モラヴィア派の習俗について調べた事。

領主から政治的攻撃を受けた事。

電気の実験により科学者としての名声を得、ロンドン王立協会の会員となった事。

第十二章 州民を代表して再び英国へ

再び法案(税の負担)を巡る領主、知事、州会の対立について。

ニュー・ヨークからイギリスまでの航海について。

船の速度と船荷の積み方、艤装の方法、操縦法の関係について考えた事。

イギリス政府への陳情の前に根回しを始めた事。枢密院議長と植民地の法律の立法について論じた事。

領主側と会見し、法案を巡り意見が衝突した事。枢密顧問官の調停により法案が可決された事。

付録 富に至る道

「富に至る道」は「貧しいリチャードの暦」の中からフランクリン自身の経験から成功するための考え方に関する格言を抜粋し、一つの読み物にフランクリンが編集した短編です。

一人の賢い老人が広場の人々に演説する形式の短編になります。

基本的に根幹にあるのは「勤勉」と「節約」になります。

いくつかを端的に紹介すると

時間の失せ物は、間違っても見つかることなし

仕事を追い立てよ。仕事に追い立てられるな。

働き者の家には、飢えがのぞきこむことはあっても、あえて入りこむことはけっしてない

骨折り仕事は何一つせず、小才を働かせるだけで暮らして行こうとする者がたくさんいるが、そうした人たちは、資本がなくなり、破産は必定

店を守れ。さすれば、店、汝を守らん。

金を借りに行く者は、悲しみを借りに行く

賢い者は他人の災いで悟り、愚かな者は自らの災いによっても目がさめぬ

などが挙げられ、人生を成功に導くフランクリンの考え方がコンパクトに凝縮されているので

世界中で広く読まれています。

フランクリンの知恵

以上がフランクリン自伝のおおまかな内容です、教訓めいた話もありますが、他にも人間観察に基づく洞察した知恵、処世術も書かれています。

事業の進め方

例えば大学設置に取り組んだ時は、1.少数の賛同者を集める、2.パンフレット「青年教育に関する提案」を有力者に配る、3.大学の創設及び寄付金の募集に取り掛かる。

このように、まずは賛成しそうな賛同者を集める、次に大学設置に関するアドバルーン(観測気球)を出しと、根回しの段階を経てから実際に取り掛かる

また、2の提案については集めた賛同者数人による提案という形にし、個人の提案という形は避ける

それから、集めやすいように寄付金は5年間の分納にしたとしています。

議員との関係改善

州会書記の立候補にあたり、フランクリンは他の候補を推すある有力な議員に反対されていました。

その反対議員と関係改善したかったフランクリンは、その反対議員に頼み事をするという方法をとりました。

その反対議員の所有する珍しい蔵書を借りたいと手紙を書き、また返却する際に感謝の手紙を書くという事でした。

この後は、その議員との関係は改善され、フランクリンに対する態度が好意的になったそうです。

曰く「一度面倒を見てくれた人は進んでまた面倒を見てくれる。こっちが恩を施した相手はそうはいかない」という諺があるそうです。

このように有名な「フランクリンの13徳」「富に至る道」だけでなく、物事の進め方や人間関係の観察など面白い箇所が随所にあります。

また植民地時代のアメリカとイギリス、それから領主、知事と州会の関係性などもうかがい知ることが出来ます。

そしてアメリカ独立に多大な貢献をしたベンジャミン・フランクリンは、現在の米100ドル紙幣の肖像になっています。

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